公家の文化と和歌と短冊

椿庵氏

 
この記事は2004年~2005年に発行致しました「日本の伝統マガジン」に掲載頂いたコラムです。

<第1回>

みなさんのお公家さんのイメージとはどんなものでしょうか?

天上眉に白塗りお歯黒、神主さんのような服に
「~でおじゃります、ほほほ」と扇で口元を隠す。
こんなもので しょうか?
実は私もそんなイメージしか湧かないのです。

なぜか昔から「鷹司」「三條」「綾小路」などと言う名前に惹かれ、烏帽子に装束(狩衣)姿に萌えどころか、 体中のアドレナリンが活発にでてくるのです。
私の将来の夢は「烏帽子狩衣を着け和歌を詠む」ことです。
そのために「装束」「和歌」「書」を学び、さらに周辺 領域の諸々の文化を学び「風雅の道」を確立したいとい う「野望」を持っております。

そのような方は世の中のごくごく少数だと思いますが、 現代の日本の文化や伝統の基礎を形作っている公家の文化をご一緒に遊び学んでいただこうと思います。
宮廷や公家に由来する文化は、数々ありますがその中でも一番のものは「和歌」であることは言うまでもありま せん。

私自身和歌の専門家ではありませんから、ここで「和歌 」について解説を行うつもりはありませんが、5・7・ 5・7・7の言葉のリズムは日本人にしっくりくるので はないでしょうか。
スローガンや標語、はては歌の歌詞 でも7・5の言葉は日本人の琴線にふれる不思議なチカ ラを持っていることはみなさんも薄々おわかりのことと思います。
同じようなジャンルで「俳句」がありますが、こちらは 5・7・5であまりにも言葉が少なく、その言葉をそぎ落とす様は、どちらかといえば禅僧の修行姿・座禅姿の厳しさにも似た感じを受けます。

「和歌」はどうでしょうか?
「万葉集」にでてくる長歌のように長くなく、漢詩のように中国の借り物でなく 「俳句」のように短くなく、「川柳」のように遊びすぎず。
頃加減というか、ちょうどよい表現手法なのだと思います。
さらに和歌は四季を詠い新年を賀し恋を歌い別れを惜しむものであり、公家にとって仕事であり、教養であり、社交術であったのです。

さてみなさんのお気に入りの和歌はなにでしょうか?
平安時代の歌では、私はこの歌がお気に入りです。
「このよをば わがよとぞおもう もちずきの かけたることの なしとおもえば」
藤原道長の不遜といえば不遜であり大胆な歌ですが、私は道長の手放しの喜びようが手にとってみられるこの歌が好きです。
賢人右府と言われた藤原実資が返しを求められ「このようなすばらしい歌に返す歌などできない今夜はこの歌をもっと味わいましょう」などと言ったといわれています。

「もちずきの かけたることの なかりせば よわいかさねし ちよにやちよに」
凡人の私ならお追従でこれぐらい返して恥の上塗りをしそうです。

<第2回>

和歌は四季の美しさを詠むもの。
四季と言っても現代人は四季の移ろいを肌で感じることができているでしょうか?
冷暖房が行き届いた家に住みビルで仕事をし、空を仰ぎ見ることもない生活をしています。

梅の花の咲くのを見ましたか?
鳥の囀りを耳にしましたか?
風の音を聞きましたか?

満月のぽっかりと浮かぶ空を見ましたか?
今はやりの田舎暮らしとかスローライフとは少し違いますが、自然の美しさ四季の移り変わりを見ること、感ずること、理解すること。
さらには自分の行動や言動、装いやしつらえすべてに取り入れ、自然対人間ではなく自然の中の一つのパーツと言う考えを持つことが風雅の道への第一歩ではないでしょうか。
西行が詠っています。

こころなき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕ぐれ(新古今三六二)
「心ある人」と言えば今では、公衆道徳や常識のある人と言う感じですね。
たとえて言えば道ばたにタバコの吸い殻をポイ捨てする人は「心ない人」と言うでしょう。
ここで言う「こころ」とは四季や自然を理解する心、四季に応じた対応ができる心なのです。
西行は、そのような力のない私にもこの秋の風情はよく理解できると言っています。
「こころある」人が今の言葉で言うセンスのある人洗練された人ということができるでしょう。
たとえば歌集であれば季節に合わせ内容に合わせ、料紙の色や模様に趣向を凝らし、美しい文字そしてその形に心を配り、文字の配置、墨の濃き淡きなどを駆使し一つの作品を作り上げていく「美」の感覚、繊細にして破綻のない完全な形の美それが「雅」ではないでしょうか。
公家の文化のキーワードは「雅」と言う言葉に収斂されるのです。
時代が下がって歌・年中行事・装束・室内の装飾などすべての方面で、春は春の秋は秋の決まり事ができてきます。
「梅に鶯」「もみじに鹿」花札の絵柄ではありませんが、日本人の感性の中にどっぷりと四季の感覚が固定化されていきます。

しかしこの固定・継続こそが「伝統」であり、「文化」なのです。
古いからよいのではなくて各時代時代において共感され洗練され今日まで残っていることこそが大事なことなのです。
その意味で平安時代あたり王朝期と呼ばれる時代から始まった、物ごとに季節感を与える文化・季節に物ごとを対応させる文化、これこそが「雅」の文化、公家の文化なのです。

 

 こころある ひとといわれて みてみたい 隣の屋根に あがる夕月
なかなか現代の生活事情ではむずかしいですが、私は「心ある人」を日々の生活の中で目指していきたいと思っています。

<第3回>

~古今伝授ニュージアム訪問~

今回は古今伝授についてお話をさせていただきます。
といっていまさら古今伝授とはということを述べるまでもなく、多くの研究家の方々がお調べされておりますので、

今回私が岐阜県にある「古今伝授ミュージアム」訪問の記をまずはひとくさり。
1月の末に訪れたのですが、奥美濃は朝から雪が舞っておりました。
長良川に沿って岐阜市から国道165号線を北上していきますと、山あいの少ない平坦地に身を寄せ合うように集落があります。

川の横を鉄道と道路が通じており、家々の直ぐ後ろに山が迫っています。
いくつものトンネルを抜けると郡上市大和町。ここに古今伝授ミュージアムがあります。
この山あいの奥美濃にどうして古今伝授なのだろうと?
古今伝授を興した東常縁の所領の地がこの大和町だったのです。
雪の中開館の9時に入ったものですから見学者は私独り、ゆっくりと見学できました。
和歌・短冊好きには堪らないビッグネーム宗祇・実隆・幽斎・智仁親王・後水尾天皇等々の短冊条幅の数々、眼福を通り越し、私は「のたうち回る」ほどの喜びでした。
歌が歌の道として確立し伝えられていく背景には、歌の技巧やあり様を述べる歌論の確立があり、その内のいくつかが秘事として伝えられ、今で言うお茶やお花のような道として大成したものが伝授なのです。

其れにしても地域の美術館に此程の収蔵品を擁した美術館が幾つも建てられているというのは、ある意味日本の底力を感じます。
個人の蒐集ではいつか散逸してしまい、せっかくのコレクションや美術品がその価値を半減させてしまうのに対し、美術館の蒐集はその保護という面では大いに評価されるべきでしょう。しかし、収蔵品が死蔵されてしまい展示が行われていないことも少なくありません。
是非多くの美術品を多くの人々に向け見ていただける努力を関係者にお願いしたいと思います。
古今伝授が力を発揮したのは、細川幽斉が丹後田辺城に石田三成軍に包囲された際、古今伝授の断絶を恐れた後陽成天皇の勅命によって、城の包囲を解かせたことです。
文化の力が武力に優った瞬間と言えるでしょう。
伝統や文化の力は圧倒的な武力の前にあっても決して屈することなく厳然と生き抜く力を私たちに示してくれているのかもしれません。

 奥美濃の郡上の村は鄙ながら   いにしえ今に授く道のり 椿庵

<第4回>

短冊の蒐集

私など短冊蒐集家の末席にも遠く及ばず、庭のその先の門の外でもまだ良いほうかもしれない。

物を集めるというのは現在あらゆる分野にまで広がり、およそ集めておられない物はないくらい 「こんな物まで?」と不思議に思う物が世の中で蒐集されている。
蒐集家という言葉はコレクターという言葉に変わり、かっこよいように思われるのだが、これが嫁や家族にはすこぶる評判が悪いようだ。
理由の第一はお金がかかる(と思っている)、次の理由は、集めた物で家が埋まるというものだ。

短冊はその点1枚2枚増えたところで、ほかのコレクションと違いかさばらないので好都合だ。
しかし第一の理由のお金がかかるという点では、確かに道ばたに落ちているわけでもなく、かかるといえばかかってしまうのだ。
事に昨今、掘り出し物はそうそうお目にかかる事はない。
テレビ番組でお宝・・・などと目をむく金額のお宝だったり、本物と信じて疑わなかったものが偽物だったりおもしろいものだ。
その影響か家に古い物があれば、今までは見向きもしなかったのに、捨てずにとっておいたらいくらにるのかと少々欲の皮突っ張らす方々が増えたのかもしれない。
さて短冊の蒐集家といえば、足利尊氏、平野治平、井原西鶴、佐倉笑種、早崎確馬、浦井有国 あとは明治以降の各先賢につながっていく。
ある方はその権力に物を言わし、又ある方は財力を傾け、知友の多い方は各方面に依頼しと集め方のスタイルは様々である。
ことに浦井有国の蒐集は2千枚におよぶ短冊を蒐集し「眺望集」を上梓している。
中でも千利休・太田道灌の短冊は他の誰もいまだ手に入れたことがないと言う珍品なのだそうである。

ただ短冊にとどまらず蒐集家とは
「誰も持っていない物を自分だけが持つ幸せ」
「すべてを網羅する幸せ」を感ずるか否かにきわまるのではないだろうか。
これを感じない人は蒐集家にはならないだろう。
 音にのみ きく白露の はかなさや
  いまだこの手に 入らぬ短冊  椿庵

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