煎茶道との出会い

猪狩翠昌氏

 
この記事は2004年~2005年に発行致しました「日本の伝統マガジン」に掲載頂いたコラムです。

<第1回>

私が煎茶道と出合ったのは、20数年前の沖縄です。

夫の転勤先の沖縄で4年近く過ごしましたが、そこで親しくなった友人が師範の門標をいただき、師匠から「できるだけ早く教えなさい」と言われても、こんな私が教えられるわけはないし、第一習いに来る人がいるわけないわよねぇ、と言った一言がきっかけでした。
友達の気安さから、「あら、それなら私が習いに行ってあげるわよ」と押しかけ弟子第一号となりました。
本当のところ、新しい弟子が来るまでのツナギのつもりだったのです。
私自身、お茶なんかする柄じゃないし、数ヶ月も通ったら辞めるつもりでした。
こんなに20数年も煎茶をするなんて!こうなったきっかけは、最初のお稽古の時のお茶の味です。友人がお点前をして見せてくれたのですが、その時のお茶の味に、驚きました。
お恥ずかしい事に、日本人でありながら、これまで緑茶が美味しいと感じたことはありませんでしたが、小さなお茶碗に淹れてくれたお茶の美味しかった事!甘くて、コクがあって、口の中で広がる心地よい香り!今まで味わった事がない味です。
友人同士の気楽さで、「これってかなり上物のお茶?」って聞いたら、「ごく普通のお茶よ」と言われ、更にビックリです。カルチャーショックとでも言いましょうか。
我が家のお茶と同じ程度のお茶が、こんなに美味しく頂けるなんて!この1碗のお茶で、私の人生が変わったのです。お茶の葉の分量と、お湯の温度と、お茶が美味しくなるまでの時間、それに美味しいお茶を飲ませてあげたいという愛情あふれる心、この4つがうまく合うと、こんなにも美味しいお茶になるとは。
多分、お茶を飲みなれていらっしゃる方でも、本当の美味しいお茶をご存知ない方が多いのではないでしょうか?

たとえ片手が動かなくても

私の友人で、6年前にくも膜下出血で左半身が不自由になった方がいます。
2ヶ月間生死の境をさまよって意識を取り戻したのですが、残念ながら後遺症として左半身がまったく動かなくなったのです。
それから毎日リハビリに励み、車椅子での生活ではありますが、日常の生活が右手だけで出来るほどになりました。
1年経ったころ、その友人が煎茶の稽古をしたいと言い出したのです。
彼女は私と同じに煎茶の稽古を始めた方で、師範の門標も取っています。
しかし、右手だけでのお点前の稽古は無理じゃないかと思い、私は躊躇しました。
そして、友人にも難しいと思うと言ったのですが、難しいのはわかっているが、難しいからこそ挑戦したいので、お願いできないかと言うのです。
その御主人からも、リハビリを兼ねてやらせてもらえないかと頼まれ、それでは出来るところまでやってみましょうと、引き受けることに。
幸い当流では椅子とテーブルを使う立礼点前があります。畳に座るのは大変なので、車椅子での立礼でのお点前をすることにしました。
始めは麻痺している側の眼が見づらく、5個のお茶碗でお茶を淹れるのですが、左端のお茶碗が見えないようで、いつも2つ目のお茶碗からお湯やお茶を注ごうとするのです。
そのたびに、左側にもお茶碗が有る事を指摘しながらの稽古でした。
本来は両手を使ってする所作を、片手で美しく見せるには?とか、私自身も試行錯誤の連続です。
友人は、稽古の日が本当に楽しみのようで、片手しか動かない事を嘆かずに、前向きに取り組む姿は、感動を覚えます。
片手でこれだけ頑張っているんだから、五体満足の私はもっと頑張らなければと、逆に励まされているような氣になります。

旬・季節感を感じて

明けましておめでとうございます。

今年の干支は酉、そして勅題は歩み。いつか大きく羽ばたく時が来るその時まで、諦めずに一歩ずつ目的に向って前進していきたいものですね。
煎茶道に限らず茶道一般では、干支・勅題など季節感を大切にしています。
この頃は、冷暖房も行き届き、食べ物も一年中似たようなものが出回っていたり、季節感が希薄になってきていますが、茶道では、食べ物・着物・花・点前の道具・室礼などに季節を感じて稽古をします。
私の教室では、できるだけ旬の花を床の間・玄関・点前席に飾りたいので、稽古の前日は車で野山での花探しです。花屋さんの花は季節の先取りし過ぎで、1月末に桜とか3月頃にアヤメとかを勧められことが多いのと、我が家の狭いベランダでも花を植えていますが、なかなか稽古の日にちょうど良い咲き方にならない事が多いのです。
その年の天候で、探しに行った場所の予定していた花が遅れたり咲き終わったりと悲喜こもごもですが、思いがけない花にであったりもします。
そんなハプニングを楽しみながらの花探しです。冬木立・芽が膨らんだ枝・みずみずしい青葉・色づき始めた葉・色とりどりの実ものなど、稽古のたびごとに楽しんでいただきながら、季節を大いに感じていただきます。
お菓子も同じですね。
冬は梅とか水仙など、春はふきのとうや菜の花、夏は流水、秋は柿や紅葉をイメージしたお菓子を用意して、菓子器にも気を使います。
普段の稽古で、お点前だけでなくお花やお菓子や道具の組み方で、いつの間にか無意識に季節を感じていただけたらと思っています。

干支と御題

煎茶道の新年の初稽古を、初煎会といいます。

それぞれの社中でその年なりの趣向で楽しみます。
煎茶道に限らず茶道の世界では、その年の干支と歌会始の御題に関連するお道具を初煎会や初釜に使います。
今年は酉年で、御題は「歩み」。 私の社中での初煎会では、玄関に「鶏鳴萬里」の色紙を掛け、茶合を双鶏楽園文の古袱紗ではさみ、皆が一歩一歩確実に前に進めますようにと願い、亀の文様の茶碗で初点てのお茶をいただきました。
その年の干支とか御題は季節をあらわす重要なものの一つですが、お茶にかかわっていない方が全く興味を持たないのはとても残念に思います。
干支はともかく御題の存在すら知らない方も多いみたいです。
古く鎌倉時代頃から始まった宮中の歌会始(うたかいはじめ)ですが、毎年の歌会始が終わると同時に次の年の御題が決められ、御菓子・お道具・着物・懐紙・袱紗・掛け軸・色紙などにそれぞれ趣向が凝らされます。
着物を着られない方も多くなったこの頃ですが、日本独特の風習・文化を次代に繋げるよう煎茶道をとおして、ほんの僅かですが努力したいと思っています。

曲水点前

もうすぐやって来る雛祭り。

女の子の成長と幸せを願い、お雛様と桃の花を飾ってお祝いしますよね。
先日の講習会で、少し早めの上巳の節句・雛祭りをイメージしたお点前を勉強しました。
晋の時代、3月3日に蘭亭で曲水の宴が催されましたが、それにちなみお点前は曲水点前です。
五節句の一つの上巳の節句(じょうしのせっく)が雛祭りです。
中国では三月の最初の巳の日に、清らか な川で禊をした後、宴を開いて災厄を払うという風習があり、これが禊の替わりに人形(ひとがた)を流す習慣に、そして人形を飾ってお祝いする事になったのが今の雛祭りです。
曲水の宴とは、流れてくる杯が自分の前を通り過ぎないうちに詩を詠み、杯を頂く、遊び心と風流心にあふれた雅な宴です。床には、蘭亭序の軸をかけ、脇床に桃仙人の像・檜扇・雨水と題した盛り物(竹の子、フキノトウ、春蘭、タラノメ、古木)を飾って、平安の雅なしつらえの中でのお点前です。扇形のお盆を3枚繋げて曲水を表し、そこに唐物のハマグリの形をした蓋付きの器から、茶碗や茶托・急須などを次々に並べてのお点前でした。
点前席のそばには、酒宴の杯や詩を読むときの短冊や矢立も置かれて、まるで自分が清流のそばに座って曲水の宴に参加している高士文人の気分に。
ただ美味しいお茶を頂くだけでなく、このように季節ごとに趣向をこらして楽しむのも煎茶道の楽しいところでしょう。
(私のHPにこの様子を出しています。)

美味しいお茶を飲んでいますか?

お茶はほとんどの人にとってはなじみの深い飲み物ですが、お茶の本当の美味しさを味わっている方がどのくらいいる事でしょう。
恥ずかしながら私自身も、煎茶を習う前はお茶の本来の美味しさを知らなかった者の一人です。
ただ黄色いお湯?を惰性で飲んでいました。
お茶は淹れ方しだいで本当に美味しくなります。
今回は、ちょっと工夫するだけで美味しいお茶を楽しむ、その方法を紹介しましょう。

まずお湯の入ったポット、茶葉、急須、人数分の湯飲み茶碗と茶托、湯冷まし (なければ小どんぶり)、ティースプーン1本を用意します。
・ 湯冷ましにポットのお湯を人数分より1割位多めに入れる。(この時の湯温90℃、手で持つとかなり熱い)
・ 湯冷ましから急須にお湯を入れます。(湯温80℃強に)
・ 急須から湯飲茶碗に等分に注ぎ分け、2分くらい待ちます。(70℃位になります)
・ 待つ間に茶葉を急須に入れます。(一人分ティースプーン大盛り1杯)
・ 70℃以下に下がったお湯を急須に入れて蓋をします。(手で持っても、それ程熱くはない)
・ 2分~3分位このまま待ちます。
待っている間にお茶菓子や、その菓子を入れる器を用意していると、3分はすぐ経ちます。
・ 2分位たったら、急須から茶碗に往復で等分に注ぎわけます。

ごく普通の煎茶を使った場合の淹れ方ですが、玉露の場合は、50℃位まで湯温を下げて、お茶の葉も少し多めに、3分強待ちますと、コクのある甘いお茶になります。
お茶を淹れるときに、ポットのお湯をそのまま使うのは、番茶・ほうじ茶だけと思ってください。ちょっと冷ましたお湯でお茶を入れますと、お茶の香りと、旨みと、甘みが引き出せるのです。お茶の葉によって温度と時間が微妙に変わりますが、その茶葉にあった温度と時間を見つけるのも楽しいですよね。
そして最後に、美味しいお茶を飲ませてあげたいという、愛情が一番大切なのはいうまでもありません。
どうぞ皆様もお試しください。

ボランティア茶会

今回で4回目になります。
船橋市のディサービスセンターにお邪魔して、皆様に煎茶のお点前を楽しんでいただきながら、美味しいお茶も味わっていただこうと、私を含めて社中3人で頑張りました。
これまでは1種類のお茶を淹れていましたが、今回は宇治の玉露と静岡の煎茶をブレンドして、甘さとコク、そして本当にかすかな渋みのあるお茶の味をと、1週間前からブレンドの割合や温度や湯の量などあれこれ試行錯誤しました。

人生の先輩の皆様の、これまでの生きていらっした過程のような味をと出せたらと思いましたが、これで本当に皆さんに喜んでいただけるか不安もありました。
また、お点前もいつもの方の都合がつかず、稽古を始めて半年あまりの方、水屋で15人分のお茶を作る方も慣れていないのも不安でした。
お点前の順序を私がマイクで言いながら、合間に茶碗の文様・煎茶の簡単な由来・家庭で美味しいお茶を淹れる方法、点前席に飾った花などを話したりと、あっという間の40分でしたが、一口飲んだときの皆さんの笑顔で答えてくれました。
ある方が、「こんなに美味しいお茶を頂いて長生きできそうです」というと、横の方が「この人94歳です」って。
私は思わずその方の腕や肩を触らせていただいて、私も94歳にあやかれますようにと、エールを返しました。
いつも私達が感動を頂いて帰りますが、今年も大きな感動でした。

第50回全国煎茶道大会

煎茶を日本に広めた隠元禅師が中国から渡来し、1661年に開創された宇治の黄檗山万福寺では、毎年全国煎茶道大会が5月に開催されます。

今年も5月21日・22日の二日間、開催されました。
この二日間、日本煎茶同連盟加入の各流派がそれぞれ茶席を担当しますが、座礼・立礼・屋外の野点と、それぞれ趣向を凝らしての席作りです。
日本礼道小笠原流も21日、鐘楼前で野点席を担当しました。
一番気になるお天気も、上々過ぎるくらいの好天気に恵まれ、初夏というより夏に近い暑さの中、お家元のお話と共に、緋毛氈を敷いた床机(低目の台)の上で、提藍点前のおもてなしです。
この席の為に半年以上も前から、お点前は?お道具は?お点前をする方は?お菓子は?お花は?お茶の葉は?と準備を重ね、やっとこの日を迎えました。
少しでも爽やかなお席にして、お客様に喜んでいただこうと、お客様の席の配置やお点前席の仕度など、前日の準備から皆で頑張りました。
そして万福寺の庭のちょうど中頃ですので、お客様も次々に入られ、各席とも予定人数を越す入りに嬉しい悲鳴でした。
10席の予定が12席にもなり、最後の席は、茶の葉もなくなり、急遽持ち合わせの新茶を使い、お菓子も足りなくなり、頂き物のお菓子で間に合わせる事に。
26度以上の夏日の野点席となり、あまりの暑さにお客様も日傘をさす方が多くなり、多い時は10個以上も日傘の花が開く光景も。
お客様もこの暑さの中にもかかわらず、うちの席に入りたいという方が多く、私達も最大限受け入れておもてなししました。
お茶を頂いた時の、お客様の笑顔に、私達のほうが癒されたみたいです。

当サイトはボランティアで成り立っておりますので、各種広告スペースが挿入されます。ご了承下さい。